ナクソス・ジャパン特別企画

【特別寄稿】ハイティンクとバイエルン放送交響楽団との共演集『ベルナルト・ハイティンク
ポートレート第2集』を聴く

2024年に楽団創設75周年を迎えたバイエルン放送交響楽団は同年、1958年以来60年余りにわたって客演を続けたベルナルト・ハイティンクとの共演を集めたボックスセット『ベルナルト・ハイティンク ポートレート第2集』をリリースした。その魅力と、ハイティンクの豊かな盤歴における意義を音楽評論家の相場ひろ氏に綴ってもらった。

演奏後のカーテンコールで楽団員の称賛を受けるハイティンク Photo: Peter Meisel (BR)

オランダの名指揮者ベルナルト・ハイティンク(1929-2021)は1990年代半ばにメジャー・レーベルとの録音契約を終了したけれども、以後も現在に至るまで、各地のオーケストラとの客演の記録が自主レーベルなどからリリースされ続けている。なかでもBR-KLASSIKはバイエルン放送交響楽団とのライヴ録音を既に相当な点数世に送り出してきた。同レーベルによる「ハイティンク・ポートレート」と題されたCDボックスはこれが2点目で、共に既発売の録音に加えて未発表のライヴ音源を収録し、贅沢な内容を誇る。当巻は既発盤よりベートーヴェンの交響曲第9番(2019年録音)、ブルックナーの交響曲第4,7,8番と《テ・デウム》(順に2012、1981、1993、2010年)、マーラーの交響曲第7番(2011年)、ショスタコーヴィチの交響曲第8番(2006年)を再録し、初リリースとなるドヴォルザークの交響曲第7番と《スケルツォ・カプリチオーソ》(1981年)、ショスタコーヴィチの交響曲第15番(2015年)を収める(これらについては今後の分売がアナウンスされている)。

ハイティンクは長く王立コンセルトヘボウ管弦楽団やロンドン・フィルハーモニー管弦楽団で音楽監督を務めたほか、ロンドン交響楽団、ボストン交響楽団、シカゴ交響楽団、シュターツカペレ・ドレスデンなどとも客演として、あるいは音楽監督として共演を重ね、ディスクを遺してきた。それらを聴いて感じるのは、彼が自己のサウンドを非常に強固なかたちで持っていて、どこのオーケストラを指揮しても、それが彼のサウンド作りの基盤となっていることである。それは、今世紀になってからの録音が数種類あるブルックナーの交響曲第8番や、かつてコンセルトヘボウ管とも共演したショスタコーヴィチの交響曲第8番あたりを聴き比べてみれば明らかで、重厚に鳴らしつつ、全体はブレンド感よくまとめ、ときに厳しくとも柔らかみや温かみを失わないアクセントを打ち込んでいくそのスタイルは、どの演奏にも共通するものだ。その一方で、彼はそれぞれのオーケストラが持つサウンドの個性も大切にして、それぞれの演奏に味わいある彩りを添えることにも抜かりがない。ここに収められたバイエルン放送響との共演で言えば、機動性に優れた反応のよい低弦や明快な色彩感を打ち出す木管楽器群に、他の録音とは異なる美点が感じられる。例えばショスタコーヴィチの交響曲第15番は当録音のわずか5年前、2010年にコンセルトヘボウ管を振ったライヴ録音があって、解釈の点では大きな違いはないようだけれども、アンサンブルとしての音色感が強く、いくぶん内向的ですらあったコンセルトヘボウ管に対して、バイエルン放送響は各セクションの音色の対比が鮮やかであり、かつ低声部の俊敏な動きが表立って、箇所によってはすいぶんと異なるニュアンスを醸しているのが印象的だ。

またハイティンクはじっくりと腰を落ち着けて制作したセッション録音と、演奏会でのライヴ録音とでも微妙に異なる演奏を披露する人でもあった。当ボックスではブルックナーの交響曲第7番が1981年の録音で、その3年前にコンセルトヘボウ管とセッション録音を行っているのだけれども、よく手綱を引き締めて辛抱強く全体を設計していくそちらに比べると、このライヴではわずかに力感が強められ、音楽を推進させようという意志が優位になっていると感じられる。そうした違いが如実に認められる音源が世に出ることは貴重だと言っていいだろう。

個別の録音について触れよう。ベートーヴェンの交響曲第9番はこれみよがしの劇的な展開を排除して、全体を堂々と鳴らしつつ揺るぎない世界を構築していくもので、情感に溺れず、かつ冷静になりすぎない感情面でのバランスのとり方に妙味がある。声楽陣ではバスのジェラルド・フィンリーが、そうした解釈の方向によく寄り添って、深々とした歌声を披露しているのが心に残る。

ブルックナーでは先述の交響曲第7番がライヴの感興と共に壮年期のハイティンクの覇気を映し出して気持ちよく聴けるし、第8番は90年代の彼らしく、適度なウェット感のある色艶とスケール大きい歌が見事に融合していて、気力の充実ぶりを見せつけてくれる。第4番は晩年のスタイルともいうべき深沈たる趣が全編を支配するのかと思いきや、先述したバイエルン放送響の機動性もあって、奇数楽章では切れのよいテンポ運びを見せるのが面白い。

マーラーの交響曲第7番は、この作曲家の作品中でもハイティンクが特に力を入れたもののひとつで、ライヴ録音を含めて6種類の録音が遺されている。録音に聴く限りハイティンクの解釈は、刻々と移り変わる曲想の対比をエキセントリックに描き出すよりも、色彩のグラデーションを巧みに用いて一貫した流れと幅広いファンタジーをひとつの器にまとめていく方向で洗練を深めていった。そのひとつの頂点はベルリン・フィルとの92年の録音だったが、それより約20年後の当録音は、方向性を一にしつつ、全体に重く暗いトーンが支配的だったベルリン・フィル盤に対して、バイエルン放送響のカラフルな響きが色彩の振り幅をいくぶん明るい方にシフトさせた感がある。特に管楽器陣のソロや絡み合いが見事で、独特なテクスチャーを披露して聴き応えがあると言えるだろう。

ショスタコーヴィチの交響曲第8番も、オーケストラのキビキビとした動きが重々しくなりそうなテンポ設計を支えて、音楽を緊張感のある、かつ活き活きとしたものとして提示し得て見事と思う。第15番は先述の通り、名盤として世評高いコンセルトヘボウ管との、面差しの異なる双子という趣があって、この指揮者の芸風の本質がその異なる相貌のうちから滲み出てくるのが、ファンにとってはありがたい。  ハイティンクは指揮者としての活動の初期にいくつかのドヴォルザークの録音を作っていたけれども、その後は彼のレパートリーから外れてしまったのか、少なくとも録音で採り上げることはなくなってしまった。その中で交響曲第7番は彼がデビュー録音で採り上げた曲目であり、ハイティンクがもっともバランスのよい音楽を聴かせていた時代に同曲のライヴでの記録が遺されていたのは、実に貴重である。旧盤が率直であると同時にいささか几帳面さの表立った音楽を繰り広げていたのに比べると、ここで聴かれる演奏は奥行きのある表現の彫琢によってひと回りもふた回りも成熟したものとなっているのが聴きとれる。併録の《スケルツォ・カプリチオーソ》もカラフルな管弦楽をよく活かした快演となっている。

相場ひろ

ベルナルト・ハイティンク ポートレート 第2集

CD: 900720(輸入盤9枚組)
オープン価格 好評発売中

ショスタコーヴィチ:交響曲第15番イ長調 Op.141(2015年録音)

CD: 900210(輸入盤)
オープン価格 2025年1月24日発売

ドヴォルザーク:交響曲第7番ニ短調 Op.70、スケルツォ・カプリチオーソ Op.66(1981年録音)

CD: 900223(輸入盤)
オープン価格 2025年2月14日発売

企画・制作:ナクソス・ジャパン

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