スウェーデン音楽に新たな視野を拓く、ルードヴィグ・ノールマン(ヌールマン)の室内楽アルバムが登場。コロナ禍の出来事がきっかけで実現した録音について、ステーンハンマル友の会代表で、このアルバムで演奏しているスウェーデン在住のピアニスト、和田記代さんに座談会形式でまとめて頂きました。

ルードヴィグ・ノールマン:ピアノ四重奏曲,ピアノ六重奏曲,ピアノ組曲「人生の階段」
和田記代(ピアノ)、ルードヴィグ・ノールマン・ストリングス
[DBCD217(輸入盤)/NYCX-10521(国内仕様盤)]
※国内仕様盤には、和田記代氏による日本語解説が付属します。
この度、ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の団員による弦楽アンサンブルと一緒にルードヴィグ・ノールマン Ludvig Norman(1831–1885)の室内楽作品によるアルバムをリリースすることとなりました。ノールマンは、19世紀後半のスウェーデンの音楽界の立役者とも言える音楽家であるにも関わらず、どういうわけか本国スウェーデンでも現在、忘れ去られたような状況にあります。しかし、彼の多岐にわたる作品、とりわけ室内楽作品は大変充実した内容の魅力的なものが多く、彼の音楽を聴けばステンハンマル(ステーンハンマル)やアルヴェーンがスウェーデンに突然登場したわけではないことをお分かりいただけることと思います。
今回録音したのは、ノールマンの壮年期の作品であるピアノ六重奏曲 に加え、比較的若い時に作曲されたピアノ四重奏曲と、晩年に近づいた時期のピアノ・ソロ作品「人生の階段」。録音に参加したヴァイオリニストのヘンリク・ペーテルソン氏、チェリストのクラース・ガッゲ氏とともに、今回のレコーディングについて振り返りました。

尚、Normanの o の発音は日本語の“オ”の発音よりやや深い音の為、ヌールマンと表記されることもあります。しかしノールマンの方が実際の発音に近く、日本人がヌールマンと発音してしまうとスウェーデン人にはNurmanと聞こえてしまう為、ここではノールマンと書かせていただきました。
和田 このアルバムの企画が持ち上がった話をするなら、まず、2021年に私たちがノールマンのピアノ六重奏曲を演奏したところから始めないといけません。ロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の団員による室内楽コンサート・シリーズで演奏する予定でしたが、コロナ禍で公開コンサートができなくなってしまい、代わりに録画によるオンライン・コンサートになりました。人に会わないことが推奨されていた時期にスウェーデンで一人暮らしをしていた私にとって、6人もの音楽仲間で集まることが仕事として許された場は、リハーサルも含め、精神的にとても助けられた思い出があります。
ペーテルソン でも演奏中、いつもより距離をとって座らないといけなかったですね。
和田 それでもノールマンの室内楽作品は、楽器同志の掛け合いが豊かなので、演奏を通していつもの仲間と会話できるのは本当に嬉しかったです。お客様たちの前で演奏できなかったのは残念でしたが、録画をしたお陰で、今回の企画に繋がったわけです。
ガッゲ 以前、私たちの弦楽四重奏団によるA.マイエル Amanda Maierと E.スマイス Ethel Smythの録音 (*)をした dB Productions のプロデューサー エリク・ニルソン氏にその録画を見せたところ、ノールマンのピアノ六重奏曲に興味を持ってくれたのはよかったですね。
(* Rendezvous: Leipzig, dBCD197)
和田 ノールマンの室内楽作品は録音が少なく、私たちも彼の作品を取り上げる度にどうにかならないかとずっと思いあぐねていたので「遂に来た〜!」という感じで! でも、そこからがまた大変でした。
ガッゲ 弦楽四重奏で4人のスケジュール合わせも苦労しますが、これが6人になると更に大変。スケジュールの問題でオンライン・コンサートの時とはメンバーを少し代えざるを得なかった。それでも諦めずになんとか同じロイヤル・ストックホルム・フィルの団員の中でレコーディングに参加できる経験豊かなメンバーを集めることができて良かったです。

和田 ヘンリク(ペーテルソン)は2021年には第2ヴァイオリン担当でしたが、アンサンブル再編成にあたり、今回は第1ヴァイオリンになりました。オンライン・コンサートの時にも一緒だったヘンリクにリードしてもらいたい、という私たちのお願いを聞き入れてもらったわけですが、同じ作品で違うパートを演奏した感想は?
ペーテルソン それぞれに違う難しさがありますが、でも、色々な視点から作品を見ることができたのは良かったですね。第2ヴァイオリンは、裏に回ったり、急に表に出ないといけなかったり、というバランスが難しい。第1ヴァイオリンはアンサンブルをまとめないといけない難しさはありますが、ヴァイオリンが良く響く音域が多く使われるパートなので演奏者としてはやりやすい面もありました。
和田 ピアノ六重奏曲を中心に、参加メンバーが演奏したことがある作品としてピアノ四重奏曲とピアノ組曲「人生の階段 Lifvetsåldrar」が録音レパートリーとして決まりました。ピアノ四重奏曲は、私とクラース(ガッゲ)は日本でも一緒に演奏しましたよね?
ガッゲ あの時は日本人のヴァイオリニストとのアンサンブルでしたね。日本の聴衆の方たちも、ノールマンの音楽の価値を理解して下さったように感じました。
和田 レコーディングの為のアンサンブル、レパートリーも決まって、皆で公開演奏会でも何度か演奏し、その度にディスカッションを重ねてアンサンブルを掘り下げて行きました。そして、やっとレコーディング。録音会場の話をしましょうか。
ガッゲ 私たち、ロイヤル・ストックホルム・フィルが本拠地にしているコンサートハウスのグリューネヴァルド・ホール Grünewaldsalen を使わせてもらえたのはラッキーでしたね。室内楽にはもってこいの音響の会場ですから。
ペーテルソン いつも演奏しているところなので、私たち自身が音響にも慣れていますし。
和田 日本からきた私にとっては、ノーベル賞授賞式も行われる大ホールで、毎回リハーサルも本番もできる、というだけでもすごいと思うのですが、室内楽専用のホールも持っているというのは本当に恵まれているオーケストラですね!
ペーテルソン& ガッゲ まったくその通りです。
和田 でも、街の中心にある歴史ある建物ならではの問題もレコーディング中にありましたね。隣の広場をデモが通ったり、路上ライブが始まるたびにレコーディング中断。
ガッゲ オーケストラが使っている建物なので、どこかで誰かが管楽器の練習をしているのが聞こえちゃったり。どこから聞こえてくるのか建物中を探し回って、ようやく見つけて音が漏れない場所に移ってもらったりということもありました。

和田 作曲家 ルードヴィグ・ノールマンについてですが、スウェーデンでも今のところ、演奏の機会が多いとは言えないですよね。
ペーテルソン ノールマンに限らず、スウェーデン作曲家全般に言える問題だと思いますが、もっと演奏されるべき作品がたくさんあります。私たち、ストックホルム・フィルも、外国ツアーに行く時にスウェーデン作曲家の大きな作品をもっと演奏するべきですよね。
和田 でも、お二人は昨秋、ノールマンの最後の弦楽四重奏曲 イ短調 作品65 もコンサートで演奏しましたよね。
ペーテルソン あの曲も、大変意欲的で素晴らしい作品でした。
和田 コンサートのお客さんから、美しい曲だから音源がないのかと問い合わせもきていましたけど、彼の弦楽四重奏曲も録音が少ないのは残念です。今回録音したノールマンのピアノ六重奏曲は、私たちのオンライン・コンサートの録画の他、放送用のラジオ録音が2種類、1980年代のLP録音はありましたがCD録音は初めてなはずでよね。
ガッゲ 私は実は、2つのラジオ録音のうち1つに参加していますが、LPもCD化されていないので、CDに収録されるのは今回が初めてなはずです。ピアノ組曲「人生の階段」もCD初録音ですよね。
和田 「人生の階段」はラジオ録音も聞いたことがないので、ひょっとしたら世界初録音でないかと思います。このアルバムで、ノールマンの音楽、ひいてはスウェーデンの室内楽音楽の魅力が少しでも広まると良いですね。
ガッゲ 私の経験では、日本の方々はとても熱心に音楽に耳を傾けてくださるという印象があります。このアルバムに収められているノールマンの音楽も、じっくり聴いて下さると思います。
ペーテルソン 日本には、まだ広く知られていない作品でも興味を持って聴いて下さる方が多いときいています。多くの方にノールマンの音楽の魅力にも気づいていただけることを期待しています。
和田記代(わだ・きよ)
桐朋学園大学音楽学部卒業後、フランス国立マルセイユ音楽院を経て、イタリア国立サンタ・チェチリア音楽院アカデミーを最優秀の成績で修了。ポーランド国立放送交響楽団、名古屋フィルハーモニー管弦楽団などとソリストとして共演。2004年、東京でステーンハンマル友の会を立ち上げ、スウェーデンのクラシック音楽を紹介する活動を始める。2015年、自身の活動拠点をストックホルムに移し、現地でスウェーデン作曲家の音楽を研究しながらソリスト、室内楽奏者として演奏活動を行なっている。

ルードヴィグ・ノールマン:ピアノ四重奏曲,ピアノ六重奏曲,ピアノ組曲「人生の階段」
和田記代(ピアノ)、ルードヴィグ・ノールマン・ストリングス
[DBCD217(輸入盤)/NYCX-10521(国内仕様盤)]
※国内仕様盤には、和田記代氏による日本語解説が付属します。
企画・制作:ナクソス・ジャパン