連載

【新連載】トーキョー・モデュレーション 第1回/沼野雄司

野蛮な大国が反旗を翻している

 炸薬弾が銃口から飛び出す前に、大統領は、ついと頭を前に傾けたのだ。ジャッカルが呆然としてながめていると、大統領は、前にいる退役軍人の両頬に、おごそかに接吻した。

フレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』

 2023年7月。
「レコード芸術」誌が休刊を迎えた。最初にニュースを聞いた時には、レコ芸がなくなったら日本のクラシック界はどうなるのか、と不安でいっぱいだったのが、その一方で、これでもう毎月の連載に苦しまなくてもよいのだ、という不謹慎な気持ちがほんの少しだけ頭の片隅をよぎったことを告白しなければならない。
 実際、あれから1年と少しの間、わたしは酒とバラの日々を謳歌しながら、愛車の日産ノートで東京を疾駆していた。締め切りさえなければ、人生は輝きと悦びに満ちている。

『トーキョー・シンコペーション 音楽表現の現在』
沼野雄司・著 [音楽之友社]

1年7カ月にわたる『レコード芸術』誌の連載を全面的に書き直し一冊にまとめたもの。表紙で東京の空を飛んでいるのは、もちろん日産ノートである。

 ところがある日のこと。レコ芸ウェブ版の編集長を名乗るキヨモト氏から、突然にメールが送られてきた。また連載をやれ、とある。うう、と喉の奥で低い声が出た。酒とバラ・・・・・・。しかしウェブ版であっても、この雑誌には恩義がある。数秒迷ったのち、えいやとばかりに、再び締め切り奴隷を志願するに至ったのだった。
 やるとなれば、まずはタイトルだ。いま風に「シン」を付けようかとも思ったが、「シン・トーキョー・シンコペーション」ではどうも語呂が冴えない。ならばモデュレーション、すなわち「転調」ではどうか。前のシンコペーションがリズムやアクセントのズレだとすれば、モデュレーションは音調のズレに他ならない。
 ・・・・・・お察しのとおり、わたしは酒とバラに次いで、ズレが好きなのだ。

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