特別企画

「結婚式」にまつわるクラシック音楽作品ディスク8選

HMM902724

思いがけない幸せのかたち

 6月といえばジューン・ブライド! 結婚式の一大シーズンです。挙式された/される方々に、心からお祝い申し上げます。
 そこで今回は、クラシック音楽で「結婚式」に関する比較的最近のディスクを、編集部が8点ご紹介します。

モーツァルト:フィガロの結婚

モーツァルトの《フィガロの結婚》(1786)、《ドン・ジョヴァンニ》(1787)、《コジ・ファン・トゥッテ》(1790)、通称ダ・ポンテ三部作はいずれも結婚をテーマにした人気オペラ! その第1作《フィガロ》は18世紀スペインを舞台に、召使いフィガロと小間使いスザンナの結婚式の1日が描かれるドタバタ劇。この記事で紹介する「結婚式」のほとんどがそうだけど、好事魔多しとはこのことかもしれない。MSJはピアノ伴奏でのモーツァルトのオペラ全曲奏破を目論んでいる演奏団体で、アルバムとしては、2025年6月現在で計6タイトルをリリースしている。オケ版ではないから、《フィガロ》の祝祭感が薄れていると予想されるかもしれない。でも実際はまるで逆だ。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト:歌劇《フィガロの結婚》

モーツァルト・シンガーズ・ジャパン(MSJ)〔加耒徹(Br:フィガロ),鵜木絵里(S:スザンナ),宮本益光(Br:アルマヴィーヴァ伯爵),山口佳代(p)他〕
〈録音:2021年5月〉
[エクストン(D)OVCL00762(3枚組)]SACDハイブリッド

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アルバムのプロモーション映像(宮本益光公式YouTube)

ドニゼッティ:村の結婚式

《村の結婚式》(1819)は20歳頃のドニゼッティが作曲・上演したオペラ・ブッファで、長い忘却の旅を終えた2020年11月22日(いい夫婦の日!)に蘇演された。舞台は18世紀ドイツで、村娘サビーナと謎めいた青年クラウディオの相思相愛がストーリーの中心。サビーナの父が連れてきた婚約者の思惑や、サビーナ自身のついた嘘が絡み合い、2人は思わぬ方向へ……プロットからして粗削りだけれど、いちおう大団円へと向かっていく。この蘇演はピリオド演奏で、COVID19パンデミックが今よりずっと激しい時期だったから無観客上演で行われた。暗い世相を吹き飛ばすくらい、演出がとにかくかわいい。映像メディアBlu-rayの輸入代理店商品ページ。日本語字幕付きのようです]もリリースされている。

ガエターノ・ドニゼッティ:歌劇《村の結婚式》(無観客の蘇演)

ガイア・ペトローネ(MS:ザビーナ),ジョルジョ・ミッセーリ(T:クラウディオ),ステファノ・モンタナーリ指揮オーケストラ・リ・オリジナーリ,ダヴィデ・マランケッリ(演出)
〈録音:2020年11月〉
[Dynamic(D)CDS7908(2枚組,海外盤)]

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アルバムの予告編映像(Dynamic opera and classical music公式YouTube)

メンデルスゾーン:真夏の夜の夢

メンデルスゾーン《真夏の夜の夢》(1843)は、シェイクスピアのカオスな戯曲に基づく劇付随音楽で、作曲家が17歳の時、1826年に作られていた演奏会序曲を種子として作られた。大公と王妃の結婚式を控えたアテネ近郊を舞台に、カップル2組が夏至の夜に、妖精の棲む森で何やかんやあったあと、大公&王妃の婚礼と同時にめでたく結ばれる。〈結婚行進曲〉はそのトリプル挙式に先立つ行進曲。クラシック音楽屈指の華やかミュージックである。このリリースされたばかりのアルバムは、エラス=カサド&FBOによるもの。これまで彼らが聴かせてくれた音楽と同様にキレキレで超絶エネルギッシュ。心躍る演奏が炸裂している。マックス・ウルラッハーによるナレーションも雰囲気が出ている。自分まで結婚式を挙げた気分になってきた。

フェリックス・メンデルスゾーン:劇付随音楽《真夏の夜の夢》

パブロ・エラス=カサド指揮フライブルク・バロック・オーケストラ(FBO), RIAS室内cho., マックス・ウルラッハー(ナレーション)
〈録音:2023年5月〉
[Harmonia Mundi(D)HMM902724(海外盤)]

アリス=紗良・オット/ワンダーランド

現在、ジョン・フィールドの『夜想曲全集』ユニバーサルの商品ページ。また本サイト「新譜月評」のレビュー記事もぜひご参照ください]が話題のオットだが、彼女の得意なレパートリーの1つにグリーグがある。全てをグリーグで埋め尽くしたアルバム『ワンダーランド』は、はっきりと結婚と結びつくものではないけれど、トラックは作曲家が妻ニーナとの結婚直後に書いたピアノ協奏曲(1868)に始まり、友人の結婚式祝いのために、あるいは自分たちの銀婚式について書かれたといわれる、実直な幸せで満たされた〈トロルドハウゲンの婚礼の日〉(1896)で終わる[編注:日本仕様盤では、このあとにボーナストラックとして〈小妖精〉と〈民謡〉が追加されている]。トロルドハウゲン(トロールの丘)とはグリーグ夫婦が暮らした家の名前で、今は資料館になっている。グリーグはある意味ではワンダーランドの住人だったのかもしれない。

ワンダーランド
〔エドゥアルド・グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調,《抒情小曲集》第8集(1896)よりトロルドハウゲンの婚礼の日,他〕

アリス=紗良・オット(p),エサ=ペッカ・サロネン指揮バイエルン放送so.
〈録音:2015年1月(L),2016年4月〉
[ユニバーサル(D)UCCS50133]

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【公演情報】
アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル 2025 ジョン・フィールド&ベートーヴェン

2025年6月22日(日)15:00開演 沖縄コンベンションセンター
2025年6月26日(木)19:00開演 文京シビックホール
2025年6月28日(土)14:00開演 兵庫県立芸術文化センター
2025年6月29日(日)14:00開演 サントリーホール
2025年7月1日(火)18:45開演 愛知県芸術劇場

東京都交響楽団 第1023回定期演奏会 Bシリーズ

2025年7月4日(金)19:00開演 サントリーホール
2025年7月5日(土)14:00開演 サントリーホール

詳細はこちら(ジャパンアーツのページ)

ストラヴィンスキー:結婚,他

ストラヴィンスキー《結婚》(1923)はバレエ・リュス作品で、その題材はロシアの伝統的で平凡な結婚式の模様である。ピアノが4台といろいろの打楽器、そして合唱の変則編成で、《春の祭典》とは原始主義や、演奏後にぶっ倒れそうな変拍子では共通するものの、内容は正反対な作品。第1部と第2部に分かれていて、前者では式を控えて不安定になる両家の日常、後者では爆発みたいな祝宴が、ドキュメンタリーチックに描かれる。結婚とは、嫁/婿入りする誰かが元の家族でなくなってしまう儀式でもあるわけで、ストラヴィンスキーはその痛みも隠さない。このアルバムに収録されたクルレンツィス&ムジカエテルナの演奏は、土俗的で粗っぽくて、そうした結婚式の光と影を鮮やかに現前させる。コパチンスカヤがソリストを務めた併録のチャイコンも、同様に刺激がいっぱいだ。

ピョートル・チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲,イーゴリ・ストラヴィンスキー:バレエ・カンタータ《結婚》

パトリシア・コパチンスカヤ(vn),テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
〈録音:2013年10月,2014年4月~5月〉
[ソニー・クラシカル(D)SICC30254]

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ティペット:真夏の結婚

ティペット《真夏の結婚》(1955)はモーツァルト《魔笛》に影響を受けたとされる、20世紀イギリスの重要オペラ作品。題材はメンデルスゾーン《真夏の夜の夢》と同じく、夏至の幻想と結婚を描いている。舞台は現代で、そろってマリッジ・ブルーに陥っているマークとジェニファーが、時空のねじれ(?)でアクセス可能になった古代世界へ行ったり来たりしながら、結婚の意思を固めて、最後は自分たちの結婚式場へ帰ってくるというストーリーだ。細かな展開がとても複雑で、心理学、シンボル論なども入り込む。第2幕と第3幕に登場する典礼舞曲〈秋の大地〉〈冬の水〉〈春の大気〉〈夏の火〉には録音がいくつかあるものの、全曲商業録音は本当に少ない。編集子の調べる限り、このガードナー&LPOのライヴ盤がコリン・デイヴィス盤(1970)ぶりのリリースのようだ。たしかに分かりにくい筋だけど、合唱を多用したほとんど合唱舞踊劇な音楽が、とにかくかっこいいのに!

マイケル・ティペット:歌劇《真夏の結婚》

ロバート・マレイ(T:マーク),レイチェル・ニコルズ(S:ジェニファー)エドワード・ガードナー指揮ロンドンpo.,同cho.,他
〈録音:2021年9月(L)〉
[LPO(D)LPO124(3枚組,海外盤)]

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英国音楽大全
「イギリス音楽」エッセイ・評論&楽曲解説集

三浦淳史 著
ISBN:9784276200852〈発行:2022年11月〉

特に英国音楽に関する文章で多くの読者に影響を与え、今なお熱心なファンを持つ音楽評論家・三浦淳史。本書は、彼の「エッセイ・評論」と「楽曲解説」を可能な限り集めてまとめた一冊である。

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チェイシング・ホーム,アパラチアの春

コープランド《アパラチアの春》(1944)に描かれているのは、19世紀前半アメリカの農村に家を建てたヨーロッパからの移民カップルの、素朴な結婚式の1日。当時、新大陸で信者の多かったキリスト教諸派のピューリタン(清教徒)やシェーカーの音楽がふんだんに使われている。舞踊家マーサ・グラハムの求めで書かれ、最初はバレエ上演され、そのあとで組曲版も作られた。そしてこのアルバムには、同じバレエ音楽のサルケン《チェイシング・ホーム》(2017)がカップリングされている。後者でも移民のカップルが描かれるけれど、事情は対照的で、現代を生きる彼らはシリアの内戦から逃れてホーム希求チェイスする。結婚式が行われるのは難民キャンプでのこと。アンサンブルのなかではアラブのルーツを表象するように、ウードがかき鳴らされる。そして彼らは海を渡り、ようやく家を見つけるのだ。

チェイシング・ホーム,アパラチアの春
〔ジョセフ・サルケン:チェイシング・ホーム,アーロン・コープランド:組曲《アパラチアの春》(オリジナル版)〕

リチャード・マッケイ指揮ダラス・チェンバー・シンフォニー
〈録音:2021年4月〉
[Albany(D)TROY1975(海外盤)]

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アイソレーション・ソングブック

最後に紹介するのは、結婚式の「中止」から生まれたディスクだ。COVID19のパンデミックは大きな犠牲を払ってきたけれど、ヘレンとマイケルの声楽家カップルについていえば、2020年4月18日に予定されていた結婚式が無くなってしまった。ヘレンは、行き場のないエネルギーを詩に向けた。それで生まれた『4月18日』に、友人のオワイン・パーク[ジェズアルド・シックスのリーダー。本サイトのインタビュー記事もぜひご参照ください]が曲を書いて歌曲が誕生。さらに同世代の詩人や作曲家たちが「アイソレーション(隔離)」のテーマの下に大集合、1つのソングブック・アルバムが出来上がっていった。今をときめく英国楽壇の歌手ふたりは鮮やかで流麗で、とはいえヤケクソな楽曲が多くて泣けてくる。結局、式は挙げられたんだろうか。

アイソレーション・ソングブック
〔オワイン・パーク:4月18日,ベン・ロワース:王の朝食,ジェイムズ・デイヴィ:ドリームズ,他〕
ヘレン・チャールストン(MS),マイケル・クラドック(Br),アレグザンダー・ソアレス(p)
〈録音:2020年9月〉
[Delphian(D)DCD34253(海外盤)]

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アルバムに収録されているジェイムズ・デイヴィ《ドリームズ》の演奏映像(The Beaufort Singers公式YouTube)

Text:編集部(H.H.)

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